イロトリドリな日々。

自分らしく咲く。学びのシェアと日々の記録。

母を許す。わたしと母のこと。


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ピンクのハナミズキ

先日、父がホームセンターから苗木を買って来て、

自分の還暦の記念樹である、白いハナミズキの隣に植えていました。

一年遅れで植えた、母の還暦の記念樹です。

 

父と母は、最近とても仲が良いです。

昔はあまり見られなかった光景です。

 

 

 

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数日前のブログにも書きましたが、

父はとても厳しい人でした。

亭主関白タイプの性格だったため、

母はいつも父に叱られていました。

 

亭主関白な夫に加え、気難しい舅、姑も居ましたから、

母はとても苦労したようです。

母は、わたしが3歳位の頃から、

「倫理」を学ぶという、とある勉強会に参加するようになりました。

 

この勉強会は、母にとっては大きな救いだったようです。

それはそれで良かったのですが、

勉強会や、その会の活動に一生懸命になる余り、

家を空ける時間が多くなっていきました。

当然、父はそれを善しとはせず、

いつも母のことを叱っていました。

 

「家庭を上手くやっていくために、〇〇会に行きたい。」という母。

「嫁なのだから家に居ろ。家のことをちゃんとしろ。」という父。

二人は全く嚙み合っていませんでした。

 

父が不機嫌になって怒り出すと、家の中が最悪なので、

わたしはいつも、父に怒られないように、怒らせないように、

努めて「良い子」でいました。

それが、子どものわたしにとって、身を守るための唯一の方法でした。

 

わたしは頑張って「良い子」になって

父の機嫌を損ねないように気を遣っているのに、

母は、父の言い付けを守ろうとしない。

母のせいで、父が不機嫌になると思っていました。

母が父に叱られていても、

叱られるようなことをする母が悪い、と思っていました。

わたしは、そんな母のことが嫌いで、受け入れられませんでした。

 

母が学んでいる、その「倫理」の教えというのは、

(※宗教ではありません)

自然の摂理や家庭愛和を大切にしなさい。

〇倫理の道から外れるようなことはしてはいけません。

というようなものでした。

至極真っ当なものでした。

 

しかし、「家庭」というものの考え方がとても古く、

とても現代に通用するとは思えないものでした。

 

わたしは、その考えの染み付いた母に育てられましたので、

家庭観や結婚観について、大いに影響を受けました。

それが後に、わたしを苦しめ、摂食障害やうつの原因になりました。

 

お母さんのせいで・・・。

お父さんとお母さんが仲が悪いせいで・・・。

変な古い価値観のせいで・・・。

 

ずっとそう思っていました。

ずっと人のせいにしていました。

ずっと母のことが許せませんでした。

 

散々迷惑掛けて、助けてもらって、子守もしてもらって、

たくさんたくさん、お世話になって、

本当に有難くて、感謝しているけれど、

 

でも、それでも、母のことは許せませんでした。

 

 

 

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しかし、ようやく解ったのです。

この状況を許せていないのは、わたしだけなのだと。

わたしだけが、なにも解っていないのだと。

 

父は、もうとっくに、母のことを許していました。

母のことを理解し、尊重して、母のやりたいようにやらせていました。

母もまた、そんな父に感謝して、父を思いやっていました。

 

そんな二人を見ていたら、

自分の心の狭さ、愚かさがとても恥ずかしくなりました。

許すも何も、感謝し、尊敬すべき存在。

両親は、やっぱり、偉大でした。

 

そして、気付いたのです。

何だかんだで、わたしは、母にそっくりなのではないか・・・。

あちこち出掛けて、やりたいことをやって。

自分をより良くしたい、より良く生きたいと、勉強するのが好きで。

 

そして、わたしが目指そうとしている人物は、

もしかして、母のような人なのではないか・・・。

 

母は、いつも人のために世話を焼いています。

そのために家を空けることもしょっちゅう。

わたし達家族にしてみれば、また出掛けるのか、と思うけれど、

周りの人達は皆、いつも母に感謝していると言います。

こんなことできるの、あなたのお母さんぐらいよ、等と言われます。

 

具体的に、どこでどんなことをしているのか知りませんが、

母は、なかなか、善いことをしているようです(^^)

 

今度の日曜日は、母の日。

「ありがとう」って、言いたいな。

言えるかな・・・。